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東京高等裁判所 平成11年(行ケ)321号 判決 2000年3月16日

原告

【A】

訴訟代理人弁理士

【B】

【C】

被告

特許庁長官【D】

指定代理人

【E】

【F】

【G】

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1請求

特許庁が平成10年審判第15250号事件について平成11年8月27日にした審決を取り消す。

第2前提となる事実(当事者間に争いのない事実)

1  特許庁における手続の経緯

原告は、平成7年3月28日、意匠に係る物品を「摺擦具」とする意匠(以下「本願意匠」という。)につき、意匠登録出願(意願平7-8598号)をしたが、平成10年8月6日拒絶査定を受けたので、同年9月25日拒絶査定不服の審判を請求した。

特許庁は、この請求を平成10年審判第15250号事件として審理した結果、平成11年8月27日、本件審判の請求は成り立たない旨の審決をし、その謄本は、同年9月13日原告に送達された。

2  審決の理由

審決の理由は、別紙審決書の理由写し(以下「審決書」という。)に記載のとおりであり、審決は、本願意匠は、その出願前に、当業者が日本国内において広く知られた形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合に基づいて容易に意匠の創作をすることができたものと認められ、意匠法3条2項の規定に該当し、意匠登録を受けることができない旨判断した。

ただし、審決書6頁2行の「発砲体」は、「発泡体」の誤記である。

第3審決の取消事由

1  審決の認否

(1)  本願(審決書2頁2行ないし6行)及び拒絶理由通知の内容自体(同2頁7行ないし4頁15行)は認める。

(2)  審決の判断(同4頁16行ないし9頁4行)のうち、請求人の主張内容(同4頁16行ないし5頁1行、5頁15行ないし6頁1行、6頁11行ないし15行、7頁8行ないし10行、及び8頁13行ないし18行)、並びに「本願の意匠の紐は周知の紐を上端で単に結び環状に形成した程度のもので、周知の態様というほかない」(同7頁10行ないし12行)ことは認め、その余は争う。

2  取消事由

審決は、本願意匠の創作容易性の判断を誤ったものであるから、違法なものとして取り消されるべきである。

(1)  取消事由1(略漏斗状の凹陥部の評価)

審決は、本願意匠の漏斗状の部分の大きさの比率を認定していないので、物品の外観に関する認定に不備がある旨の審判請求人の主張に対し、「それは、「略隅丸直方体状のスポンジ体(発泡体)を網袋で覆い、その前後面の略中央部に平面視小円形状の凹陥係止部を設け、その凹陥部を略漏斗状とし」た態様に包摂されるものであって、・・・スポンジ体の縦横比、漏斗状部(縫いつけ部部分)の厚さ比等を具体的に認定していなくても、それは、当業者なら普通に行い得るであろう程度の改変を加えた程度のもので、それが創作容易といえる範囲のものであれば、それをあえて認定し評価する必要は認められ(ない)」(審決書5頁3行ないし13行)旨判断するが、誤りである。

ア 意匠の創作容易性の判断において、形態要素の程度に差異があるときには、その程度の差異に基づく外観の特徴を評価しなければならない。

本願意匠においては、表裏から縫い合わせた結果、表裏にわたって円形に縫いこまれた部分が円形底部となり、その上方域が深い大きな円錐形状となっているとともに、その円錐形状の断面が円弧状に湾曲している形状となっており、そのような形状が、物品の大きな部分を占め、特徴ある形状を形成している。

このような本願意匠における漏斗状凹陥部は、登録第489558号意匠(審決書別紙6、甲第8号証)のそれとは、大きく異なっている。

イ また、本願意匠の漏斗状凹部の表面に現れる網袋の網目は、平坦部分の網目とは異なる一種独特の模様を呈するように現れるものであるから、この網目の構成も特徴ある形態であるといえる。

さらに、前記漏斗状凹部の底部は網目が現れた円形の平坦部であり、乙第2号証のクッションの意匠のような「凹陥部の中央にボタンのある漏斗状凹部」とは極めて異なる外観である。

(2)  取消理由2(漏斗状凹陥部を形成することの周知性)

審決は、本願意匠における審決認定の(2)の態様、すなわち略隅丸直方体状のスポンジ体の前後面の平坦部に平面視小円形状の凹陥部を設け、その凹陥部を略漏斗状に現わすこと」(審決書3頁10行ないし12行)の周知性の点について、「この種のスポンジ体(発泡体)を袋状に包みこむ物品にあっては、外衣と中身を固定するために、表裏から縫いつけて略漏斗状の凹陥部を形成することは広く知られているところである。」(審決書6頁2行ないし5行)と判断するが、誤りである。

ア 審決は、そのように判断する十分な根拠を何ら提示していない。

被告は、登録第489558号意匠(審決書別紙6、甲第8号証)がその意匠公報の発行後10年以上が経過していることを理由に、その形状は日本国内において広く知られていた旨主張するが、意匠公報が発行されていても、当業者が同業者の物品分野のすべてを知得しておくこと自体、現実には不可能なことであり、意匠公報発行後10年経過の事実のみから周知性を推認することはできないものである。

イ 技術的にみても、十分な厚さのスポンジ体の中央部を小さな直径の円に縫い合わせること自体、特殊な補助具を用いない限り、困難なことである。

(3)  取消理由3(網袋と共に漏斗状に深く窪んだ形態)

審決は、本願意匠の漏斗状部が網袋と共に漏斗状に深く窪んだ形態要素であり、これが、外観上の大きな部分を占めるが、この点についての証拠が提示されていないとの審判請求人の主張に対し、「登録第489558号意匠(別紙6)には、略隅丸直方体状のスポンジ体の前後面の平坦部に平面視小円形状の凹陥係止部を設け、その凹陥部が略漏斗状に現われた意匠が記載されており、また、略隅丸直方体状のスポンジ体を覆った網袋の上から窪ませた形態の意匠は、登録第443262号意匠(別紙3)に記載されて(いる)」(審決書6頁15行ないし7頁2行)と認定するが、誤りである。

上記登録第489558号意匠(審決書別紙6、甲第8号証)は、「合成繊維の不織布より成るたわし」(意匠の説明)であって、その構造は、色の異なる不織布を小判形に溶断したものの中央部分を2か所で小円形に表裏溶着したものと考えられ、網袋は用いられていない。そうすると、審決の上記認定は、たわしの構成について網袋の無いものを有るものと判断した点で誤りがある。

(4)  取消理由4(全体観察)

審決は、「本願の意匠の形状は、「日本国内において広く知られた(1)の形状のものに極普通に知られた(2)及び(3)の態様を単に付加して『摺擦具』とした程度のものといえ、また、(1)の形状に、(2)及び(3)の態様を付加することも前記①乃至⑤の意匠(注・甲第4ないし第8号証)がその出願前によく知られていることを勘案すると容易といえる」と判断し、意匠全体としての創作の程度の評価をしているものであ(る)」(審決書7頁19行ないし8頁7行)と判断するが、誤りである。

審決認定の(1)の形状(略隅丸直方体状のスポンジ体を網袋で覆った形状)に(3)(網袋の口部を細紐で絞り吊り下げ部を設けること)の態様を付加することは、袋物一般において紐付きのものが周知であることを勘案すれば、実開平2-121895号公報第4図(審決書別紙5、甲第7号証)を見るまでもなく容易であるが、(2)(略隅丸直方体状のスポンジ体の前後面の平坦部に平面視小円形状の凹陥係止部を設け、その凹陥部を略漏斗状に現すこと)の点が公知であるからといって、本願意匠がこれを単に(1)に付加したものではないことは明らかである。全体に占める本願意匠の漏斗状凹陥部の有り様について全体観察する必要がある。

第3審決の取消事由に対する認否及び反論

1  認否

原告主張の取消事由は争う。

2  反論

(1)  取消事由1(略漏斗状の凹陥部の評価)について

ア 意匠法3条2項の規定は、物品との関係を離れた抽象的なモチーフとして日本国内において広く知られた形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合を基準として、それから当業者が容易に創作することができた意匠でないことを登録要件としたものであり、出願された意匠の態様については、その意匠の創作の基となるモチーフを特定するために十分な範囲で認定すれば足りるものであり、各部の仔細な構成比率に及ぶところまで認定しなければならないという理由はない。

本願意匠の漏斗状凹陥部の形状には、格別の特異性が認められず、形態要素の程度に差異は認められない。

すなわち、本願意匠の漏斗状凹陥部の形状は、実開平2-121895号公報第4図(審決書別紙5、甲第7号証)等に見られるような周知の略隅丸直方体のスポンジ体を網袋で覆ったものの略中央部を、表裏から縫いつけたもので、その縫いつけ部は小円形状に表れ、その結果形成された凹陥部の形状は、網袋で覆った柔らかい軟質のスポンジ体の中央を表裏から均等に圧すれば略必然的に生じる略漏斗状である。

また、そのような形状は、審決において示した登録第489558号意匠(審決書別紙6、甲第8号証)のほかに、外国雑誌「ARCHITECTURAL RECORD」1991年1月号75頁に記載されたクッションの意匠(乙第2号証。日本国内において頒布され、特許庁意匠課が平成3年3月12日に受け入れ)、マツダ株式会社発行の内国カタログ「New PERSONA OPTIONS&ACCESSORIES」5頁右上2段目に記載されたクッションの意匠(乙第3号証。特許庁意匠課が平成2年3月22日に受け入れ)にも見られるところである。

したがって、本願意匠につき、その仔細な構成比率に及ぶところまで言及する必要性はないものである。

イ 原告は、本願意匠の漏斗状凹陥部の表面に現れる網袋の網目は特徴ある形態である等主張するが、本願意匠の網目は、網状のものの一部を圧したときに網面が圧縮されて生じるごく一般的なものであり、原告の上記主張は当を得ない。

(2)  取消事由2(漏斗状凹陥部を形成することの周知性)について

ア 外衣と中身を固定するために表裏から縫いつけて漏斗状の凹陥部を形成することは、登録第489558号意匠(審決書別紙6、甲第8号証)及び前記乙第2及び第3号証に見られるところであり、広く知られているものである。

イ また、上記登録第489558号意匠については、意匠公報の発行後10年以上が経過しており、その形状は、日本国内において広く知られていたものといえる。

(3)  取消事由3(網袋と共に漏斗状に深く窪んだ形態)について

審決は、略隅丸直方体状のスポンジ体の前後面の平担部に平面視小円形状の凹陥係止部を設け、その凹陥部が略漏斗状に現われた形状の周知例としての登録第489558号意匠(審決書別紙6、甲第8号証)と、略隅丸直方体状のスポンジ体を覆った網袋の上から窪ませた形状の周知例としての登録第443262号意匠(審決書別紙3、甲第5号証)との2つの周知事例から、「網袋と共に漏斗状に深く窪んだ形態要素」そのものの周知事例がなくとも、その形状は、上記2つの登録意匠に見られる広く知られた形状を単に組み合わせた程度のもので、創作容易といって差し支えないものである旨(審決7頁2行ないし7行)判断したものである。

(4)  取消事由4(全体観察)について

審決は、審決認定の(1)ないし(3)の態様は、いずれも日本国内において広く知られた形状であると認め、また、それらが類似する物品に係るものであることを勘案して、当業者であれば、これらの態様を組み合わせることは極めて容易というほかなく、これらを組み合わせてなる本願意匠は、当業者が日本国内において広く知られた形状に基づいて、容易に意匠の創作をすることができたものというほかない旨(審決8頁9行ないし17行)判断したものであって、本願意匠の全体について考察し、その創作容易性を判断したものである。

理由

1  本願意匠

本願(平成7年3月28日意匠登録願)が、意匠に係る物品を「摺擦具」とし、その形態は審決書別紙1に示すとおりのものであることは、当事者間に争いがない。

2  創作容易性の点について

(1)  甲第4号証(登録第243029号意匠)、甲第5号証(登録第443262号意匠)、甲第6号証(登録第754530号意匠)及び甲第7号証(実開平2-121895号公報第4図)、特に甲第7号証によれば、摺擦具の属する分野において、略隅丸直方体状のスポンジ体を網袋で覆った形状(審決認定の(1)の形状)は、本願出願前より日本国内において広く知られていたものと認められる。

(2)  乙第2号証(外国雑誌「ARCHITECTURAL RECORD」1991年1月号75頁に記載されたクッションの意匠。日本国内において頒布され、特許庁意匠課が平成3年3月12日に受け入れたもの。)及び弁論の全趣旨によれば、略隅丸直方体状のスポンジ体(発泡体)を袋状に包み込む物品にあっては、外衣と中身を固定するために、表裏(平坦部の前後面)から縫いつけて略中央部に小円形状の凹陥係止部を設け、略漏斗状の凹陥部を形成すること(審決認定の(2)の態様)は、クッション類の属する分野の当業者のみならず、摺擦具の属する分野の当業者においても、本願出願前よりごく普通に知られていたことと認められる。

(3)  前記甲第7号証によれば、摺擦具の属する分野において、網袋の口部を細紐で絞り吊り下げ部を設けること(審決認定の(3)の態様)も、摺擦具の属する分野の当業者において、本願出願前よりごく普通に知られていたことと認められる。

(4)  そうすると、本願意匠の形状は、日本国内において広く知られていた上記(1)の形状のものに、ごく普通に知られた上記(2)及び(3)の態様を付加したものであり、本願意匠は、本願出願当時の当業者が上記(1)ないし(3)の形状、態様に基づいて容易に創作することができたものと認められ、これと同旨の審決の判断に誤りはない。

(5)  原告の主張に対する判断

ア  原告は、意匠の創作の判断において、形態要素の程度に差異があるときには、その程度の差異に基づく外観の特徴を評価しなければならない旨主張するが、審決は、まず本願意匠の形態を審決書別紙1に示すとおりのものと認定し(審決書2頁5行、6行)、原告主張の本願意匠における漏斗状凹部の大きさ及びその網目模様等を前提としてその判断を行っているものと認められるから、形態要素の程度の差異に基づく外観の特徴を評価していない旨の原告の主張は採用することができない。

イ  原告は、技術的にみても、十分な厚さのスポンジ体の中央部を小さな直径の円に縫い合わせること自体、特殊な補助具を用いない限り困難なことである旨主張するが、仮にそれが認められるとしても、そのような技術的困難性は、本願意匠の創作容易性の判断を直ちに左右するものとは認められないから、原告の上記主張は採用することができない。

ウ  原告は、本願意匠全体に占める漏斗状凹陥部の有り様について全体観察する必要がある旨主張するが、甲第1号証(審決書)によれば、審決はそのような全体観察を行っているものであることが明らかであり、原告の上記主張も採用することができない。

3  結論

以上によれば、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 市川正巳)

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